自分にスイッチを入れるということ

私はオンとオフの切り替えが極端な方です。

具体的に言うと、仕事がある平日は体調をほぼ崩さず(というよりは感覚が麻痺しているような状態なのですが)、休日に入った途端でドッと疲れが出てばたんキューという具合になります。

なんとなくいつものように過ごしていると自然とこうなるので何故なのかを整理してみようと思います。

生活のルーティーン化

私は基本的に平日は朝食の取り方から一日の過ごし方まで基本的にルーティーンのようにしています。当然朝起きる時間は同じですし、朝食も同じ、出社時間までの過ごし方も通勤方法もまったく同じになるように気を使います。

出社してからも始業前の準備は必ず同じ手順で行い、始業直前にトイレを済ませる。

合間の休憩や昼休みの過ごし方も基本は同じですね。

仕事を進めるにあたってのスタンスも基本は定時に「退社」できるようにスケジュールを考えて行います。

このようにルーティーン化することによって自然と同じ行動が取れるようになりスイッチがしっかり入るなと実感しています。

いつも同じではないからこそ同じであることを意識する

人間は常に変わるもの。ですから1日として同じ日は決してありません。

でも、だからこそ同じであろうとすることは非常に重要です。

何故か?

それは「起きてはいけない異変」に敏感に気づくことができるからです。

原子力発電所で勤務していた頃は「異常なし」であることが前提でした。逆に言えば些細な異常であっても大事故に繋がる可能性が非常に高い、もしくは小さいからこそ危険であるということもあるのです。だからこそ日々の巡視点検は非常に重要。

ある日、とある電動機の確認をしている際に「いつもより熱い」という些細な異変に気付いた熟練の巡視員の方がいらっしゃいました。

超が付くほどに重要な機器であったため分解点検が実施されたのですが、なんと軸が折れかけていたことが判明しました。

重要機器の破損は安全運転上で当然ながら非常に危険な状況となります。

しかしそれが寸前で回避されたのは些細な「いつもと違うこと」に気付いたからに他ならないのです。

常に良い自分であるために

人間の問題から機械の問題になってしまいましたが人間とて同じもの。

いつの間にか、本当に無意識にうちに心や身体が傷だらけになっていることだってあるのです。そんな状態ではスイッチを入れるどころか、もう二度とスイッチが入らない状態にだってなります。

その中で「いつもの自分であること」はとても重要ですし、何よりその自分を知っている周りの人の存在も非常に大きいものだと言えます。

どんな小さなことでもいい、互いに言葉を掛け合うことで元気を与え合えますし、自然に良い循環が生まれるでしょう。

何かと気に病む人の多いご時世です。

こんな時だからこそ声を掛け合い、励ましながら生きていきたいですね。